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2005年11月30日 (水)

千葉都市モノレールについて

    Chiba_monorail_02

    さて。前々から経営難が問題にされてきた千葉都市モノレール。千葉市圏内の
人間にはおなじみの交通機関でありますね。(ただし乗客は少ない)
 私と私の息子は、このモノレールのファンで、「千葉みなと」駅から冬の動物園
なんぞにモノレールで出かけます。

 今日の東京新聞によりますと、千葉都市モノレールの経営が、千葉県から千葉市に
完全譲渡とのこと。この計画は前々からありまして(大赤字のため、千葉県が撤退
したがっていた)今後は千葉市の予算で運営されるようです。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/cba/20051130/lcl_____cba_____001.shtml

 しかも、千葉市はモノレールの延長計画を(大赤字にもかかわらず)すすめて
いるのです。いいですね!千葉市!わたしはこういうこと、大好きです
 http://www.chiba-shinbun.co.jp/0510_01.html

 がらんとしている昼のモノレールの風情。千葉市上空を走るうつろな車輌の
眺め。(栄町をかすめながら走行している図、などはひとつのショックであります)
これぞ都会の(それも地方都市、の)醍醐味というモノですね。

 千葉都市モノレールにはこれからもいい味を出して頂きたいと思っています。

 追記・wikiによるとギネスにも載っているんだって。
 
 http://www.chiba-monorail.co.jp/
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E8%91%89%E9%83%BD%E5%B8%82%E3%83%A2%E3%83%8E%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%AB

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2005年11月20日 (日)

「TAKESHIS'」二回目など

11月20日(日)

けっこう寒い。

起床して、DVDのHDDを確認。
昨晩(というか今朝早朝のTBS「落語研究会」正蔵、景清と
NHK「日本の話芸」仁鶴 録画出来ていた)

午後、妻と息子が自転車で津田沼に買い物に行った。
寒くないのかね。

17時、シネプレックス幕張「TAKESHIS'」二回目。
やっぱり面白かった。
今回、気が付いたのは「夢から醒めるシーン」が丁重に(くどいほどに)
描かれていること。

① テレビスタジオで照明が暑い=アパートでの起床
② タクシーの落下=アパートでの起床(周囲の騒音)
③ 怒鳴られる=アパートでの起床(隣人のケンカ)
④ 発砲=アパートでの起床(ナポリタンを食べていた)
⑤ 沖縄で撃たれる=コンビニでのうたた寝
⑥ ビートたけしが北野武に刺される=テレビ局での刺青メイク

もっとあったかもしれない。
ここを押さえていればわかりやすいスジになっている。

また、入眠と起床が対をなしているのはテレビ局の刺青メイクシーン
のみなので、やはり「メイク中の夢」と見なすのが正解だろう。
(前回の日記にも書いたが、刺青職人だけは1人1役)

また、冒頭と結末の米兵は、やはり現実レベルの枠組みとしか解釈
出来ない。ここは蛇足である。

整理すると


日本兵の夢
  ↓
ビートたけしのメイク中の夢
  ↓     ↓ 
北野武の生活  ↓
  ↓     ↓
  劇中劇の「灼熱」
(沖縄とコンビニは同じスタジオで収録されている)


「灼熱」と「ヤクザ相打ちのドラマ」は同じ作品なのか?


また「灼熱」の中の、美輪明宏のシーンが最高に面白く、
クラブ内での発砲があったと、誰もいないところで
「夢であいましょう」が流れるのはしゃれている。

つまりクラッチされた「夢であいましょう」がこの作品で
あるとも読める。

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2005年11月12日 (土)

国立演芸場「談志ひとり会」へ

 夕方五時、国立演芸場へ。
 「復活 談志ひとり会」へ、遊びに行く。
 予約をしていなかったが、夢空間の主催なので、土屋さんを
 訪ねて(自分としてはめすらしいのだが)楽屋から入れて貰う。

 開演1時間半前。
 がらんとした国立の舞台に、録音担当の草柳さんがいて、
 しばし雑談。
 ここの舞台は、高校生の頃、月一回の「談志ひとり会」を聴きに
 通った場所で、いまでも談志さんの本拠地といえば国立演芸場が
 思い浮かぶ。(立川流創立後、十数年間、談志さんは月一回の
 独演会をここで開いていた。書いていて思い出したが、色川武大氏
 をたった一度、見かけたのもこの劇場のロビーで、だった)

 そのうちに、松岡慎太郎さん、談笑さん、笑志さん、下座さん、弓子さん、
 前座さん、川戸貞吉さんなどがやってきて、舞台裏がにぎやかに
 なりはじめる。久しぶりに芝の小田島さんもやってきた。国立演芸所の会、
 というだけで同窓会的雰囲気が出るのは面白い。

 川戸さんはいつ見ても存在自体が興味深い人だ。強烈な毒の人、でもあり、
 落語業界のある方面では軋轢もあるが、私は好きだ。
 談志さんは川戸さんを評して「廻りを馬鹿にしないと持たない」人と
 分析していた。

 やがて開演時間になり、私は客席最後列で立ち見をさせてもらった。

 番組は

 談志 「疝気の虫」
   中入り
 談志 「らくだ」

 声の響きがいい。PA有りでやっているが、談志さんも楽そうで、
 いつもの興業がやはり大規模すぎるのだと感じられる。
 マクラで、いつもの体調の話、睡眠薬の話し、世代論などから
 「疝気の虫」へ。 今回の演出では、男の患者が蕎麦を食べて疝気の
 症状が出た、ということになっていて、そうすると虫たちが女の腹に入って
 蕎麦を食べる時に「久しぶりだ」と騒ぐのがおかしいが、あまりキズには
 なっていない。楽しくきけた。

 二席目は「らくだ」。あとで談志さん自身も言っていたが、抜けている
 ギャグがいくつかあって、淡彩の「らくだ」であった。
 雨のエピソードも無し。酒を飲んでからサゲ(鮪のブツを持ってこさせろ。
 持ってくるの来ないのと言ったら」でサゲた)までも短い。
 らくだが大家を脅かすときに青龍刀を振り下ろしたという演出には疑問を
 持ったが(らくだのイメージに「青龍刀」が合わない)それ以外は、
 すっきりした出来だった。「らくだ」という噺、いくらでも味を濃くは
 出来るが、あまり重すぎると落語から離れる気がしているので、今回の
 演出は良かった。 (あまり評価の対象になっていないが、NHKで見た
 小さんの「らくだ」は絶品であった。そんなに脅さないのである)

 完全指定席でやっているので立ち見は、私と、高田文夫氏だけだった。
 高田氏は立って見ていたと思ったら、絨毯にひざを付いて見たり、また
 「疝気の虫」は途中でロビーに消え、中入り後は「らくだ」の頭とサゲを
 客席で聴き、中程はまたどこかに消えていた。(半身を曲げて、談志さんから
 見えないように、客席ドアから出入りする)かなり「普通じゃない」観客
 ではある。しかしこれは高田氏らしい動きだなぁと私は見ていた。
 玄人ではなく(本当の噺家は客席から高座を見ることはタブー)、むろん、
 素人ではない。その両者(今回で言えば、「客席」と「楽屋」と「ロビー」)
 を行き来する独特の動き。

 終演後、野末陳平さんと1月に立ち上げる「平成噺し座」の打ち合わせ。
 ブティック社のS会長と半蔵門幸鮨。
 そのあと、銀座の打ち上げに合流して、夢空間・土屋さん、慎太郎さんと
 「噺し座」の相談。 志遊さん、笑志さんと久しぶりに話す。
 打ち上げでも川戸さん、草柳さんの落語狂ぶりが面白い。

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2005年11月11日 (金)

「児雷也」といえば

 JIRAIYA

 昨日見た新橋演舞場の「児雷也」から思い出したこと。

 大島渚がイギリス映画協会の委嘱によって95年に製作した
 「日本映画の百年」というノンフィクション作品がある。

 これはイギリス映画協会が、各国の映画作家に「その国映画百年」
 を振り返ってもらうという企画で、アメリカ編がスコセージ、
 フランス編がゴダール、そして日本編の監督が大島渚だった。

 で、大島の「日本映画の百年」には1899年に撮影された「紅葉狩」
 (九代目・団十郎)から1993年の「月はどっちに出ている」
 までの映像が引用され、大島自身のナレーション・映画史観によって構成
 されている。たいそう面白い作品だった。

 1時間弱の作品なのだが、冒頭に引用されているのが、伊藤大輔の
 「忠治旅日記」(1927)、そして末尾に引用されているのが
 牧野省三監督の「豪傑児雷也」(1921)なのであった。

 ここで引用されているたった数十秒の「児雷也」は感動的で、ながく
 記憶に残っている。妖術を使って敵を惑わす児雷也、のくだりなので
 あるが、映画創世記の稚拙な撮影技術と、役者(尾上松之助である)たち
 の一種異様なボルテージがあいまって、なるほど「児雷也」というのは
 こういう「異様」なものなんだなというのが了解出来た。

 ここで演舞場の「児雷也」に戻るが、いま、新作の児雷也をやるのなら
 (クレジットには黙阿弥の名前もあるが、実質的には新作である)、
 菊五郎劇団の面々には牧野版の「児雷也」の精神を学んで欲しかった。

 最新の技術や、アクロバティックな立ち回り、現代語のギャグを駆使するよりも、
 むしろ動きもしない大ガマの上で堂々と妖術を使い、それが敵役はもとより、
 観客をも幻惑させる児雷也が見たかったと思う。人間の想像力というものは
 素朴な媒介によってかえって広がるという部分があるはずだ。

 ところで。大島渚のテレビ作品「日本映画の百年」は、いまだに商品化は
 されていないらしい。(私はテレビ朝日で放送した「大島渚編」「ゴダール編」
 をVHS録画して保存している) 権利関係のクリアが難しいのかもしれない
 が(なにしろ戦前、戦後の映画が数十本、引用されているから)これは
 広く観られて良い作品だと思う。

 大島渚 テレビ作品一覧 http://www.geocities.jp/kmkr_01/tv.oshima-nagisa.html
 牧野省三 http://www5f.biglobe.ne.jp/~st_octopus/MOVIE/SILENT/22MAKINO.htm
       (児雷也画像あり)

 追記

 ① 調べてみたら、ヨーロッパではVHS販売されている模様。
   http://www.sendit.com/video/item/7000000047103

 ② 「日本映画の百年」のシナリオは大島渚の著書「戦後50年 映画100年」
   (風媒社)に所収されています。

 ③ 大島渚が91年にBBCの委嘱で撮影したドキュメント
   「キョート・マイ・マーザーズ・プレイス」のビデオを誰かお持ちでは
   ありませんか。観たいのですが。http://data.scottishscreen.com/film/detail.php?id=55430001

 ④ 演舞場「児雷也」の老師役が尾上松助だと後で知って驚愕。
   相当、お体の加減が悪いのではないかな・・・心配です。

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2005年11月10日 (木)

「TAKESHIS’」と「児雷也」

 シネプレックス幕張で、北野武監督の新作「TAKESHIS’」を観る。観客5人。
 
 最高に面白かった。近ごろこんなにエキサイトさせられた映画は無い。
 ストーリーとしては、荘子の「胡蝶の夢」に似ている。
 それをフェリーニ風の漫画式表現で綴る。
 ただし、フェリー二のように、「夢のように懐かしい」イメージが連なるの
 ではなくて、徹底して寒々しい(安っぽい、寂しい、衰弱した)光景が広がる。
 その方法は「現代の日本」を映し出すことに成功している。

 以下、防備録メモ。

 ○ ほとんど全員の役者が1人2役(以上)を演じるが、テレビ局の刺青師
   だけが、1役だけで出る。
   従ってたけしが刺青メイク中に寝覚めたシーンのみ「現実」として了解出来るか。

 ○ テレビスタジオで撮影している沖縄のドラマは「ソナチネ」の書き換え。
   ただしそれは「映画」ではなく「テレビドラマ」である。
   そこは悪意に取り巻かれた場所である。
   
 ○ コンビニのトイレがテレビスタジオであったのと同様、「夢のような」
   沖縄の浜辺のシーンも「書き割りの中の沖縄」であったと読める。
   (沖縄への逃避そのものが虚構)

 ○ 役者「北野武」は、ついにオーディションに合格した。
   その結果として得た役がピエロである。
   オーディションに通うエピソードは、「サインを貰う」エピソード
   より前の自制にあったと読める。
   

 ○ 「やくざ映画」「沖縄」「コンビニ」の三つはテレビスタジオ内の
   虚構である。では頭と末尾に置かれた日米戦はどうなるのだろうか。
   この点に不満が残る。(アメリカを象徴したものだとすれば面白くない)

 ○ 音楽がいい。ダンスと歌のシークエンスもいい。もっと長くてもよい
   ほどだ。

 この映画はもう一回観たいな、と思いながら新橋演舞場へ。

 菊五郎劇団「児雷也豪傑譚話」。
 つまらなかった。いま、わざわざ「児雷也」をやるのなら、そのための
 補助線が必要なはず。夏の「十二夜」が面白かっただけに、がっかりの
 後退ぶりであった。松也のヤンキーお嬢のみが収穫だった。

 もっともこの日は、取り合わせも悪かったか。
 「TAKESHIS’」ほどの突出した映画を観た後に、それを上回る歌舞伎なんて
 そうあるものではない。演舞場の三階で、ただぼんやりとしていただけの
 話しである。

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2005年11月 9日 (水)

桂吉朝逝去

 桂吉朝が亡くなりました。享年五十。
 最期の高座「弱法師」を、わたしは大阪に日帰りし、聴きました。
 一生の財産だと思っています。

  (その日 10月27日に記した感想です)
 http://kasumi6128.cocolog-nifty.com/naohisa/2005/10/post_ab6b.html

 訃報http://news.goo.ne.jp/news/asahi/shakai/20051109/K2005110900411.html?C=S

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2005年11月 6日 (日)

友枝会 「浮船」「石橋」

 国立能楽堂「友枝会」へ。
 ワキ正面。
 漫画研究家の藤本由香里さんと並んだ席。藤本さんが友枝昭世の
 ファンであることを最近知って、しかもチケがとれなかったという
 ので長島先生(私の謡の先生)に追加で申し込んだのです。

 能  「浮船」 友枝昭世 宝生閑

 狂言 「船渡婿」 野村萬 野村万蔵

 半能 「石橋」 友枝昭世 友枝雄人

 浮船は後半にカケリが入る。その前の橋掛かりでの演技から
 すでに狂乱が感じられる。カケリも含めて大鼓がいい。
 友枝氏の謡はまったく力まないもので展開が速く感じられる。

 野村萬の狂言は、後半の、婿入りを知った姑の表情が値打ちもの。
 相当に「煮詰まった」表現、演技である。
 当代最高の狂言方だと思うが、この狂言の「煮〆」のような
 芸を万蔵たち次世代はどう転化させるのか?

 「石橋」はやはり親獅子が最高の面白さ。
 年初に見た「ひとり獅子(赤頭)」もよかったが、今回の
 白頭も空間を切り裂くような面白さ。急ブレーキ、急発進。
 とても恐ろしい芸だった。

 終演後、千駄ヶ谷駅前のなんとかという店で藤本さんと話す。
 藤本さんは石橋をとても気に入っていた。
 そして、会話の中で「世界がひとつだと思っている人」と
 「それを疑っている(疑える)人」がテーマになった。
 芸能や漫画にコミットできる人は「世界がひとつではないと
 思える人」のはずだが、浮世の大多数はそうではないのかも。
 女性と男性では女性の方が世の中の枠組み時代を問い直す
 ことが出来る(またはその必要がある)ということだ。

 藤本さんの本(と本人)はすごく面白い。

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